通勤ラッシュは.com

読んだら、ちょっと生きやすくなるかもしれない日記。

「今夜、ヴェルサイユ宮殿集合な」

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VR技術

どうも、どうもshinoDです。

 

最近、VR(=Virtual Reality)っていうのが流行ってきてますね。

 

VRとは何かっつーと、wikipediaによると、コチラ。

 

バーチャル・リアリティ(英:virtual reality)とは、現物・実物(オリジナル)ではないが、機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザの五感を含む感覚を刺激することにより理工学的に作り出す技術およびその体系。

 

ということでVRについて考えてみたわけだけど、例えば、「VR飲み」ってのがあったら激アツじゃない??って思うわけですよ。

 

例えばさ、サーバ上の仮想空間をカラオケみたいに1時間数百円でレンタルするわけ。

 

で、その仮想空間の中に、みんなでGoogleMapから好きな場所を探してきて、会場を指定するわけよ。

 

そして、家具とかみんなで持ち寄ったりしてさ、宅飲み会場をリフォームすんの。

 

あとは、その空間情報を個人のVRメガネにインストールしたら、準備はオッケー。

 

自宅にいながら、リアルなお酒を持ち寄って、仮想空間上の好きな場所で宅飲み開始。

 

おい、2018年。

 

この技術ってまだないんですか!?

 

これの何が楽しいかって、待ち合わせ場所指定の仕方が絶対おしゃれになっちゃうと思うんよ。

 

「今夜、ヴェルサイユ宮殿集合な」

「今夜、モンサンミシェルで宅飲みするけど、来るー?」

「明日の昼間からサグラダ・ファミリアで飲み会するよー」

 

みたいな。

 

SNS × Movie × VR

 

もうね、仮想空間に国家が出来ればいいとすら思うの。

 

イメージ的にはサマーウォーズの世界観で。

 

TwitterのようなSNSの概念と、個人が顔出しして話すことができちゃうYoutubeみたいな映像の概念と、 VRのような仮想化の概念が組み合わされば、絶対そこには最強のエンタメが生まれると思うの。

 

国民みんながリアルとバーチャルをうまい具合に使い分けて、リアルな生き方とバーチャルな生き方、1回の人生で2度美味しい楽しみ方があってもいいじゃない。

 

リアルな世界では、警察官だけど、バーチャルな世界では、お笑い芸人みたいなパラレルキャリア。

 

先程のSNS × Movie × VRに関して言えば、若干その兆しが見え始めてる気もしている。

 

まだ、ほんのちょっとで、初動だけど、例えば、最近話題のYoutuberならぬVtuberってヤツ。

 

Virtual youtuberのことなんだけど、これって、Movie × SNSもしくは、Movie × VRみたいな概念に近くて、まだ、Vtuber 1人に対して、多数のオーディエンスという 1 対 N の構造だけど、いつかこれが N 対 N になるような気がしています。

 

もし、そんなサマーウォーズのような世界観を持つ未来が訪れるなら最強の時代になるんじゃねえかって思うわけです。

 

いやあ、そんな時代が来ちゃったら、夏の星座にぶら下がって花火を上から見下ろすこともいつか叶うかもしれないね。

 

エンジニアが自炊を始めた件について。

どうもどうも、shinoDです。

 

駆け抜けたな~、一週間。

 

最近の真新しい出来事といえば、女もすなる自炊といふものを男もしてみむとてするなり、つってな。

 

そう、自炊っつーのを始めた。

 

なんでこのタイミング!?って、そりゃそうだよな。

 

もうね、正直、「最後の砦」としか残してた感 is ある。

 

もう、自分料理が作れてしまったら、マジで一人で生きることができてしまうという恐怖な。

 

独身街道まっしぐら。

 

独身街道の駆け抜け方というか突っ走り方、他の追随を許してないかんね。

 

どうも、独身界のエムバペです、よろしくどうぞ。

 

一個絶望的にできないところをあえて放置するところによって、

 

将来、仮にね!?仮にだよ!?仮に!!!!!!

 

結婚するとしてさ、補完し合える関係って生まれたりするんかなって思ったりするわけよ。

 

その胃袋掴まれやすい体質に関しては、自分で自分をストイックに育て上げてきたつもり。

 

手作り料理をすべてうまいって感じてしまう方が幸福度高そうじゃん??

 

「ちょっと味付け足りないね。」とか言いたくないじゃん??

 

もはや、その子の味付けに染まりたいじゃん!?!?!?

 

あと、なんかキッチンがせっかくあるんだし、1回くらい料理してみたくね~???つって。

 

何を作ろうかクックパッドという文明の利器を縦横無尽に駆け巡り、メニューを選択、最寄りのスーパーに行き、必要な材料を買って、レシピ通りに作ってみたら、あら不思議。

 

もうそこには最強の料理が。

 

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「えこれ自分の奥さんが作ったのか?」

 

全然違う。紛れもなく自分。

 

思わず自分の手のひらに語りかけたし、胃袋掴まれやすい体質に自分で自分を育て上げ、自分が作った料理で自分の胃袋を掴み掴まれてしまう、え、なにこの一人二役??みたいな。

 

待って、これって自分に料理の才能があるのか、素材を育て上げた農家がすごいのか、レシピが最強なのか、どれだ!?みたいな。

 

で、思ったんすよ、システム構築と料理は似てんな、と。

 

レシピという名の要件定義書さえしっかりしてれば、イケる。

 

逆に、要件定義書がガバガバだったら、もう無理。

 

ただ、此処には"クックパッド"という最強の要件定義書が共有フォルダに鎮座しておられる。

 

何なら設計書まで載ってやがる。

 

設計書通りに、ボールごとに機能①、機能②、機能③と振り分け、それらをフライパンの上で、結合テストを行うわけ。

 

味見というテストレビューを行った後、食卓の上にリリース!!!!

 

もうね、これマジで、始める時期間違えてたら、今頃、エンジニアか料理人の二択説あったで。

 

キーボード叩いてたか、包丁握ってたかのどっちかっていうレベルで自炊にハマっちまった。

 

この情熱を絶対覚まさないように、絶対後に引けないように、もう調味料は全部買ったし、調理器具も買い揃えた。

 

形から入るタイプっつーのもあって、とんでもねえ鬼の先行投資をしてしまった。

 

もうね「みりん足りてない」とか言ってみたいし、

 

ワインを数滴だけシュッて垂らして、フライパンの上からシャ~~って音立てたいし、

 

味見した後、首をかしげながら、砂糖を少し加えて、再度味見したいし、

 

「あーこれだわ」みたいな顔もしたいし、

 

欲言えば、君と平成最後の夏を過ごしたい。

 

あとなんかイメージだけど、「自炊やってます」つったら、正味、モテそうじゃないですか!?!?!?

 

すげえ目輝かせながら、女たちが「キャッ、素敵。今度デート行きませんか?」とか言ってきそうじゃない??

 

え、ならない!?

 

あ、逆か。

 

「自炊やったことない」って竹内涼真が言ったとしたら、「家に行って作ってあげたい」という母性をくすぐる可能性あるくない??

 

おい、どうなんだ??

 

フィードバックをくれ、フィードバックを。

 

あー、ならやっぱ自炊やらない方がいいのかなとか思うけど、自分、竹内涼真じゃないからやります。

 

というわけで、

今週の晩ごはんシリーズと併せて、以上を自炊宣誓とさせていただきます。

 

ありがとうございました。

 

p.s.

もうさ、平成最後の夏、終わっちゃうね。

 

"平成最後の夏の最後"を口実に好きな子をデートに誘っちゃえ。

 

夏、楽しまなきゃ、夏、拗ねちゃうよ。

 

来週はもっといい週になるといいね、ハム太郎

 

ほな、各位。

良い週末を。

 

【第三章】自宅カフェ化計画

自宅カフェ化計画

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あらすじの記事はコチラです。

 

shinodism.hatenablog.com

 

shinodism.hatenablog.com

 

 ということで、第三回です。

 

まだまだ続くよ。

 

っつーことでですね、「自宅カフェ」というコンセプトを大切にしたく、一旦、メニュー購入してみましたとさ。

 

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そう、コンセプトからずれないって大事なことだと思うんですよ。 

 

ほんで、やっぱ緑置きたいよねえってことで、同時に観葉植物も購入してみました。

 

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「パキラ」っていう名前の観葉植物です。

 

結構、育つみたいっすよ。

 

いやいや、その前に、その後ろの壁紙なんやねんって感じですよね。

 

ええ、実は、壁紙貼っちゃいました。

 

白の壁紙があまりに殺風景すぎたので、なんかカフェ感ほしいなって思った結果、壁紙を貼ることに至りました。

 

っつーことで、結果の写真がコチラです。

 

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うわあ、自分で言っちゃうけどさ、これぞインスタ映え

 

っつーことで、いい感じに「自宅カフェ化」が進んでいるところであります。

 

もうね、 僕は一体誰と闘ってるんだ、と思うわけですけどね。

 

もう完全に「ゾーン」に入ってもうてるわけ。

 

言ってしまえば、毎日が終わりなき文化祭準備なわけよ。

 

と、同時にハマり症なもので、「色彩理論」もついでに学び始めました。

 

「色」ってすごく深いんですよ。

 

なんか「色」を極めれば、ファッションも攻略できそうな気がしてきたので、色の勉強も始めてみました。

 

ブログのカテゴリに「色彩理論」「ファッション」が現れる日もそう遠くはない。

  

会社の人にこの写真見せたら、

 

「お前、女の子連れ込む気満々じゃねえか」とか

 

「ドスケベハウス」

「下心しか感じない」

「もはやクサイ」 

  

って言われたのがハイライト。

 

すっげえ言われようだな。

 

だが、そんなん何言われようが関係ない。

 

外野の声を気にするヤワな漢じゃねえ。

 

だって、ココは「俺様がルール」の統治国家なのだ。

 

人生は永くて短いのだ。

 

ちょっとぐらいイキらせてくれたっていいじゃないって思うわけ。

 

ただ、勘違いしないでほしいのは、自分は部屋という「空間」に課金してるのではない。

 

残り人生の有限ある「時間」に課金してるんだ。

 

だって、ありふれた時間を愛しく思いたいじゃん。

 

それは愛の仕業と小さく笑いたいじゃん。

 

もし、愛しく思えないなら、それは日々の業務の仕業だし、たまにふとちょっとエモくなるのはそれは死にゆく平成の仕業。

 

っつーことで、この家はまだまだサグラダ・ファミリア状態です。

 

 

自宅カフェ化計画、まだまだ続くよ。 

 

ほなまた。

 

今週平日最後の金曜日、ストレス社会の日本にドロップキックぶちかましていきましょう。

 

男女の友情って成立するのか問題。

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男女の友情は成立するか問題

 

もうね、この男女の友情問題は恋愛業界における一つの未解決問題と言ってもいいのではないだろうか。

 

縄文時代から未だに解けない平成最後の未解決事件。

 

さて、男女の友情と言えば、よく見かけるお決まりクダリとしてはいくつかパターンがあるような気がしている。

 

「友達、友達」って言っておきながら、いつのまにか付き合ってたパターン。

からしたら、「友達」と思ってたけど、男からしてみたら、「彼女候補」で全然そんなことなかったっていうパターンも目にするかと思います。

 

そこで、なぜ男女の友情問題がこんなにこじれているかについて考えてみたいと思います。

 

まず、そもそも、男と女で「異性の友達」に対する考え方が違うように思うのだ。

 

「異性の友達」の定義の違い。

男の場合

 男からしてみたら、異性の友達は全員ワンチャン彼女候補なのかもしれない。

 

つまり、かなり「オープン化された商品」って言ってしまうと、商業的な話っぽくなっちゃうんだけど、恋愛市場においては、ターゲット層が広いように思うのです。

 

 まんべんなく釣り糸を垂らして、引っかかってくるのを待っているようなイメージ。

 

そして、異性の友達は彼女候補なので、もしかすると、「友達」の先に、「彼女」がいるかもしれないという話。

 

つまり、友達のベクトルと彼女のベクトルが揃っているわけだ。

 

女の場合

一方で、女の場合もこれまた違うように思う。

 

そもそも「友達」の先に「彼氏」がいないし、存在しないような気がするのだ。

 

もちろん、そのような恋愛の形もあるとは思うけど、往々にして、「友達」という路線と「彼氏候補」という路線がそれぞれあって、一旦友達のレールを走っちゃうと、もう彼氏候補の路線には合流することができない、不可逆的なレールが敷かれてる気がしなくもない。

 

まさに、同じレールの上を走っている男からしてみたら、残酷なルールと言えばそうなのかもしれない。

 

実際、いろんな女友達に聞いてみたところ、以上の回答が大多数を占めてしまった。

 

つまり、図に置き換えたら、男女の恋人と異性の友達はこのように図解できるような気がしなくもない。

 

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からしたら、女友達の中に彼女候補がいる依存関係だけど、女からしたら、男友達と彼氏は完全に分けられている独立関係なのだ。

 

以上をまとめると、

 

友情と愛情を別の「路線」として割り切る男女であれば、男女の友情は成立するわけだ。

 

しかし、男女どちらか一方、友情の先に愛情がある「駅」として捉えていたら、列車はいつか終点に着くかもしれなくて、男女の友情は成立しない。

 

途中、乗り換えが起こる可能性もあるので、到着自体は保証されませんが、目的地に到着するまでの暫定的な移動中の間柄を「友情」と言うのではないだろうか。

 

そんなことを平成最後の夏の朝日を浴びながら考えている。 

 

 

 

人生ゲームの戦い方。

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テスト前、全然勉強をしてないくせに、「ゆーて、イケるっしょ!」つって、なぜか過信してしまうときってありませんか。

 

そんななぜか過信してしまう学生に自分を過信せずに、強くなれる方法について話していきたいと思います。

 

ということで、本日のお題は『どうやったら、自分を過信せずに、自分に強くなれるか。』です。

 

つまり、過信しない方法が今日のテーマです。

自分に過信しない方法

結論から言うと、2つ大事なことがあります。

  1. 敵の強さを誤差なく見積もること。
  2. 自分の強さ(能力値)を客観的に誤差なく把握すること

です。

 

 自分に甘いことやらないことをまるで因果関係のように捉えてがちかもしれませんが、そもそも、その二つは全く違う次元だと思います。

 

さらに、期限内に課題が終わらないのを自分の甘さのせいという精神論に持っていくと、ただただ病むだけだと思います。

 

100メートルを9秒台で走れないのは自分の甘さのせいじゃないように、倒す敵の強さ(HP1時間あたりに倒せる自分の能力値(MP)を考えることが一番重要と思うんです。

 

その2つさえ分かれば、敵の強さを自分の能力値で割れば倒すのにかかる時間が出てくるじゃないですか。その時間だけ、蓑笠被ってガチればいいだけなんですよね。

 

そして、それは前にやろうが後にやろうがどっちも同じです。

 

やるべきことを後回しにして、今まで損してきたと考えるかもしれませんが、やるべきことを先回しにしても、損はします。

 

先に課題をこなしていたら、楽しい飲みに誘われて、それを断っちゃったら、損であると言えるわけで。

 

やるべきことを先回しにしても、その時間はやりたいことがその分できないわけですから、いわば、こちらが立てばあちらが立たないトレードオフな状態です。

 

ガチらなければならない時間だけは確実に確保しておき、残りの時間は好きに過ごしたらええと思います。

 

ただ、その確保を後半にもってくるのがある種、賭けみたいなもので難しかったりすると思うんですよね。

 

だって、テトリスみたいに詰んでいく瞬間って、本来より力が発揮できませんから。

 

以上の話には、自分の甘さとは一切関係ありません。

 

時間=敵の体力÷自分の強さ

 

という式を見れば、敵の体力がラスボス級に大きければ、その分かかる時間が大きくなることもわかりますし、自分の能力値が低ければ、その分だけ時間もかかります。

 

話を最初に戻しますが、この話で一番むずかしいことは、敵の強さを経験したことない状態で敵の強さを見積もることと自分の能力値を誤差なく見積もることだと思います。

 

経験していく中で、ヒーロー戦隊の悪役のように終盤になってアホみたいにデカくなったり、形態を変えていく敵が厄介なわけです。

 

でもやっぱり、敵の潜在的な強さを見積もるのは難しいと思うので、その分、バッファを挟んで、攻略していくのがオススメです。

 

敵の強さを見積もらずに、自分の能力値を過信して、進めてしまったら、全ッ然できないことを悟ったとき、そりゃ自分の強さのせいって考えてしまいますよね。

 

自分を過信した結果、上手く行かなかった人たちってその状態なんじゃないかって思ってます。

 

すなわち、大抵は敵の強さの見積もり不足であることが多いのではないでしょうか。

 

つまり、自分を甘やかす精神はそのままで、自分の能力を正確に把握することだけに努めたらええと思います。

 

自分の能力をまず正確に把握できれば、倒す敵の強さは大体わかってくると思うので。

 

いちいちハチマキ巻いて頑張るのは誰だってしんどいと思うので、どうやったら楽しいことだけを全力投球でガチれて、どうやったら、つまんないことをサボれるかだけを考えていけば、精神衛生上、良いと思われます。

 

過信も不信も慢心も必要なく、ただ単純に自分を能力値を経験的に把握していけばいいのではないでしょうか。

 

以上です。shinoDでしたー。

文章の書き方講座。

どうもどうも、shinoDっす。

 

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こんなお便りが来ました。

自分自身の考えてること、思考をshinoDさんのようにきれいに文章にすることが上手くできません。例え、自分の中で筋ができていても文章に起こすときに崩壊していきます。どういうことでどうしたらいいでしょうか。

 

ホントありがとうございます。

 

文章上手くなりたいとは思いつつ、まだまだであると日々感じていますが、自分の中でこだわってきたジャンルの一つですので、卑屈にならずに自分が文章について考えていることを書き連ねます。

 

ということで、今回のテーマはこちら。

文章の書き方

結論から言うと、一番大事なポイントは、自分で文章を書いた後、全く別人になりきって、その文章を読むことだと思います。

 

おそらくこれが客観視と呼ばれるものなのでしょう。

 

自分自身が執筆者でありながら、常にケチつける世界一厳しい読者を同時並行で演じるのが近道だと思います。

 

よく本を読みまくれば文章が書けるようになるって言われがちですが、自分的には違うと思います。

 

洋楽を聞きまくっていたら、洋楽が歌えるようになると言ってるのと同じくらいの思い違いだと思います。

 

アウトプットといいますか、やはり、「書く」ことに尽きると思います。

 

インプット能力の方がアウトプット能力より勝るのは、名監督が名プレイヤーであるとは限らない論理と同じであると言えます。

 

今のこの感情や思考を文に起こしてみる過程で、いろんな言葉たちが脳内を駆け巡ると思います。

 

そのときには、たまたま文章に起こされなかっただけで、候補として一瞬でも目をつけられた言葉たちはおそらく次吐き出す機会にスムーズに出てきやすくなると思っています。

 

そのスムーズな出てきやすさというものが、今後、話し言葉である「喋り」や書き言葉の「文章」を書いていくときに使われてるであろう脳内の予測変換の開発に繋がると思っています。

 

また、文章が崩壊した瞬間は自分の「癖」を探るチャンスであるとも思っています。

 

なぜ文章が崩壊したのかを文法的に探るのは少なく見積もって今まで数千回はしてきたので個人的に有効であると考えています。

 

例えば、文法的な話をすると、主語が長くなりすぎてしまうことも一つの例です。

 

頭でっかちな文章は読み手側も混乱しますし、二重主語は文章が一意的に捉えられない場合もあります。

 

他にも、副詞が冗長になりすぎてしまって、軸から脱線しちゃう。

 

だとか、文章と文章の間の接続詞を書き間違ったりすると、論理自体が崩れます。

 

名詞にくっつける形容詞も同じことが言えて、適切な修飾の仕方をさせてあげないと崩壊文を生むことになります。

 

日本語の性質上、英語ほど位置に対して厳密な指定がないがゆえに一意的に解釈できる文章を作るのは難しいような気がしています。

 

もっと深掘りすれば、接続詞を書かない文章って意外と多い気がするんですが、雰囲気で伝えようとするのは日本語の悪習のような気もしてて、これは書き手側のエゴだと思います。

 

文章を構成するのは文の集合体ですし、先に「文章」を書こうとすると、崩れますので、まずは、「文」を書く練習から始めてみるのがいいと思います。

 

文が書けたなら、文と文を滑らかに繋ぐ接続詞(=論理)の練習。

そして、それらが段落を作り、段落と段落を繋ぐ段階で初めて最初の想起した論理の筋というものが現れるのだと思っています。

 

現れた文章を何回も何十回も読んで、舌触りがいい滑らかさを感じて初めて人に見せるのがいいと思います。

 

最初の文に戻りますが、そういう意味で、自分自身がコアな読者になるのがてっとり早いと考えています。

 

誰かが自分の文章を初めて一回目読んだとき、既に自分は精読、速読含め何回も何十回、はたまた何百回も読んでいるのではないでしょうか。

 

まあ言うても、何百回の境地は就活のESくらいなんですけどね。

 

過去、エントリーシートの書き方についての記事も書いたのを思い出したので、コチラもよかったらどうぞ。

 

shinodism.hatenablog.com

 

それでは、また。

 

大学生が陥りがちなキャパオーバーの原因と対策。

 どうもどうも、shinoDです。

 本日のお題はコチラ。

キャパオーバーの原因と対策。

 

Twitterで試験前になると、大学生たちが「詰んだ」とか「キャパオーバー」って嘆いているのをよく見かけます。

 

そもそもキャパオーバーの原因ってあるの?

もしキャパオーバーになったとして、対策する方法ってあるの?

 

今日はそんな疑問にお答えしてみました。

 

っつーことで、本日は学生が陥りがちな2種類のキャパオーバーについてササッと説明していきたいと思います。

保存領域の問題か作業領域の問題か。

先に結論を言ってしまえば、保存領域の問題か、作業領域の問題かっつー2択であると考えています。

 

保存領域の問題

まず1つ目は、保存領域の問題です。

 

どういうことかというと、慢性的に課題を抱え込んで、空き容量がゼロになってしまう状態のことです。

 

例えば、スマホで写真とったとき「空き容量がありません」って表示される、あの現象ですよね。

 

パソコンでいうところのハードディスク容量不足みたいな感じ。

 

やりたいことあるのに、「もう全然スケジュール的に余裕ないです」っつー状態。

 

これがまず一つ目の「キャパ」の問題です。

 

作業領域の問題

次に、2つ目は、作業領域の問題題です。

 

自分の能力を見誤った結果、テトリスの終盤のように詰んでいく作業領域の問題。

 

要するに、作業スピードが遅いっつーことですね。

 

パソコンでいうところの「メモリ」の問題だと思います。

 

主に、以上の2つの原因があるとして、じゃあどう対策していけばいいのか?ということで対策案を書いていきたいと思います。

 

では、前者のスケジュールに余裕がない保存領域の場合。

 

これは、まず自分のキャパシティを知ることと、そのキャパを見積もった上でスケジュールを組むこと。さらに、そのスケジュールに「バッファ」を挟むことです。

 

バッファとは、緩衝材と呼ばれるもので、最悪スケジュールが遅延した場合でも対応できるように余裕をもたせることをいいます。

 

次に、後者のそもそも作業スピードが追いついていない作業領域の場合。

 

それは、能力の問題なので、一朝一夕にあげることは難しいわけです。

 

それなら、まず、自分の能力でできることを見極めることです。

 

言ってしまえば、自分でできないことはしないと割り切ることだと思います。

 

選ぶことは捨てることであり、これを引き受けてしまったら、他のタスクに影響が出ると思ったら、「断る」のも一つの手だと思いますし、どうしてもできないのであれば、誰かに「頼む」のも一つの手だと思います。

 

適材適所という言葉があるように、誰だって得手不得手はあると思うので、できないと思ったら、すっぱり諦めることも大事じゃないかなって思います。

 

具体的には、「1000円あげるから、レポート俺の代わりに書いて」みたいな。

 

例えば、自分がやったら5時間かかる作業を1時間でできる人がいたら、この委託はビジネスと見れば、成功しています。

 

結果的に、4時間浮くわけです。

1時間1000円のアルバイトしている人からしたら、1時間250円は安いものでしょう。

 

といった、具合に、自分の得意領域と不得意領域を見極めながら、頼むか断るかを選択するのも大事なことじゃないかなって思います。

 

まあ、社会的な倫理は一旦置いといて。

 

まとめると、一つ目の保存領域に関するキャパについては『容量』にたとえることができますし、2つめの作業領域に関するキャパについては『要領』にたとえることができると思います。

 

よく、クラッシュ時に大学生は「詰んだ」ってツイートしがちですが、このとき容量のせいにするか、要領のせいにするかはその次第ではないかと思います。

 

お、うまいこと言った?

 

以上です。

 

「Tinder」という恋愛市場を分析するTinder論。

Tinder論

 

 

Tinderって知ってますか? 

 

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男女のマッチングアプリなんですけど、なんか「出会い系」という言葉の胡散臭さはそこまでなくて、やや爽やかなネーミングで、何ならオシャレ感がある、そんなアプリ。

 

言ってしまえば、出会い系なんですけども、なんか聞くところによると、最近、Tinderで恋人を作るとか全然あるみたいっすね。

 

もっと言えば、Tinderで出会って、そのまま結婚する「Tinder婚」みたいな。

 

すげえ時代だなって思ったりするわけで、一方でデジタルネイティブの子たちからすると、これが常識になるんだろうなって考えてしまう今日この頃です。

 

Tinderに関して言えば、もちろん、遊び目的も人もいれば、真剣に恋人探ししている人がいる、そんな恋愛市場が繰り広げられている昨今でございます。

 

さて。

 

人によると思うんですけど、Tinderは男女で使い方が違う気がするんですよ。

 

というのも、Tinderを酷使している男友達がいるわけですよ。

 

彼のやり方は至って単純だ。

 

とりあえず右に一気に全部持てる限りをすべてスワイプする。

 

右?そう、Tinderって近くに住んでいる人の顔が表示されて、気に入れば右にLIKE、そんなに...って感じなら、左にNOPEでスワイプする。そんなシステム。

 

そして、お互いが気に入れば、メッセージやり取りが可能という流れだ。

 

ほんで、その友達は一気に全部右にスワイプをしちゃう。

 

全員LIKE。

 

「いや、どういうこと??」ってなりますわな。

 

彼曰く、「俺の顔面は選ぶ立場にない」という見解。

  

こちらが入念に選んだところで

 

「Tinderにおいては女が売り手市場だから、男が売る行為をしても意味がない。」と。

 

確かに、理屈は通ってる。

 

いずれにせよ、「待ち」なのだから、こちらが選ぶことに何の価値もないと彼は言う。

 

なるほど。

 

この構造はわからなくもない。

 

つまり、彼のTinderの使い方はテレビショッピング的な聴衆の目を「引く」側の使い方なのだ。

 

彼の使い方はいわゆる街にデカデカと表示される人目を引く「PULL(=引く)」型の広告というわけだ。

 

一方で、異性の顔を入念に選び、マッチすれば、進んでメッセージを送るのは押すタイプもいる。

 

つまり、ここでは「PUSH(=押す)」型と言える。

 

そして、このPULLとPUSHという言葉を使えば、

 

Tinderにおいては、PULL型のプレイヤーとPUSH型のプレイヤーが存在する。

 

そして、往々にして、男側はPULL型で、女側はPUSH型が多い気がするのだ。

 

男は食いついてきた人から女に対してPUSHをする。

 

つまり、今Tinderでどういう現象が起こっているのかというと

 

女側はマッチし放題。

 

男側は中身も見ずにとりあえずLIKE祭り。

 

ただ、マッチしたのに、送られてこないメッセージが多い。

 

この女のPUSH型と男のPULL型は相性が合っているのかあっていないのか、好みなのか好みではないのかが定かではないのだ。

 

ただ、中には女の方にもPULL型はいると思うし、男側にもPUSH型もいるように思う。

 

ということで、以下に、Tinder界隈に存在する4種類のプレイヤーについてのマッピングはコチラ。

 

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さて、この4種類のプレイヤーがどうマッチするのか?

 

ということで、男女の組み合わせ全4パターンについての考察も軽く行ってみた。

 

①女PUSH型 × 男PULL型

これは先程説明した通り、いい感じの男とマッチして喜ぶけども、一向にメッセージが送られてこないという現象が起こる。

 

②女PUSH型 × 男PUSH型

これはどちらも入念に選んでいるため、マッチした瞬間から意気投合が進みやすいといえる。

 

③女PULL型 × 男PULL型

男女ともに「この人LIKEしたっけ?」ってなるため、完全放置になる場合がある。

 

④女PULL型 × 男PUSH型

この場合はかなり悲惨である。

何が悲惨かっていうと、女側のスマホに大量のメッセージが送られてくるわけだ。

だって、男からしたら、やった!マッチした!ってなるわけだし。

けど、女からしたら、毎回同じような「マッチありがとうございます〜」でウンザリしている可能性があるわけだ。

 

そう、つまり、今Tinder界隈では以上の4種類の現象が起こっているように思うのだ。

 

じゃあ、仮に男からしたら、どうやってTinderを攻略すればいいのか。

 

それは、「差別化戦略

 

これしかないように思う。

 

「マッチありがとうございます〜」みたいな偏差値50で収まるメッセージは送らない。

 

PULL型の女が「お?」って思わせなければならないのだ。

 

さて、じゃあ気の利いた初回メッセージは何がいいのか?

 

そう、これがTinderが我々に与えてきた未解決問題の一つではないだろうか。

 

平成最後の夏に送るTinder論。以上です。