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読んだら、ちょっと生きやすくなるかもしれない日記。

感情のコントールの仕方。

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どうも、shinoDです。

 

友達とか後輩の話聞いていたら、感情のコントールの仕方で悩む人って実際多いみたいっすね。

 

確かに、学校で習ったことないもんね、こういうのって。

 

『感情のコントールの仕方』っつーことで、周りを見渡せば、ポジティブな人もいれば、ネガティブな人っていますよね。

 

今日は、ポジティブに考えることとネガティブに考えることについて書いていきたいと思います。

 

まあなんというか、物事をポジティブに捉えるかネガティブに捉えるかって、『防衛本能の一種』って個人的に思っています。

 

そういう意味では、ネガティブに捉えてしまって苦しくなるのって、防衛と逆らう本末転倒な事態って思いません?

 

ここからは自分の主観的な意見なので、それを踏まえた上で聞いてほしいんですけど、どんな物事、局面に対しても、おそらくポジティブに捉える方が向いている場合とネガティブに捉える方が向いてる場合ってあると思うんですよね。

 

ポジティブに捉えるべきならポジティブを選択しますし、ネガティブに捉えるべきならネガティブを選択します。

 

つまり、『選択肢が多い状態こそ余裕が生まれる』という前提の上では、いまネガティブにしか捉えられていないという「一択スイッチ」状態って闇の世界に引きずり込まれて行くような感覚をもってしまう気がするんです。

 

さて、この「ネガティブ」に関してですが、ネガティブって決して悪いことではなくて、仮にポジティブ人間だとしても、自己防衛を最優先とするなら、ネガティブに考えた方が上手くいく場合だって日常には存在します。

 

例えば、レポートの締め切りだって、締め切り間際に風邪を引くかもしれないから先にやっておくことって、ネガティブ思考ゆえに物事が好転する事例だと思いますし、なんとかなるってポジティブに考えすぎた結果、締め切り前にタスクが爆発して落単祭の大学生って実際溢れているでしょう。

 

つまり、ポジティブ思考ネガティブ思考も生きていく上では同時に持ち合わせなければならないものだと思うわけです。

 

ついでに、自分を甘やかしてくれる他人の優しさについても書いておきますか。

 

結論から言うと、その他人の助けってきっと一過性のものだと思っています。

 

その友達がいつか離れてしまうとかそういう意味ではなくて、その友達って、四六時中自分のお世話をしてくれる乳児のママみたいな存在にはなれないでしょう。

 

つまり、自分を可愛がれるのって、実質このクッソ広い世界で実は自分一人しかいないと思いません?

 

自分がネガティブになれば、他人が助けてくれるというルーティーンで食いつなぐ人も世の中には多くいると思いますが、それだと他者依存のフワフワした生き方になっちゃうと思うんです。

 

自分の機嫌くらい自分で取ってこそだと思いますし、自分の人生なんだし自由にコントロールしたくないですか。感情だってそう。

 

自分のことに対して、究極的にネガティブに考えてしまうのって一種の血が流れない自傷行為だと思います。

 

一年365日のうち364日は楽したいし、めんどくさいことは考えたくないし、楽しいことだけやっていきたいのに、わざわざ言葉の自傷行為に時間を割く暇があるなら、それらを全て自分が幸せになる実利的な時間に充てたいっす。

 

だって、究極的に自分を甘やかしても誰にも文句言われないのが、この世界の暗黙の了解だったはずでしょう。

 

以上の話をまとめると、ネガティブ思考って実は治す必要はなくて、むしろそれは将来のために必要な思考のうちの1つであり、しかも、ネガティブな人はラッキーなことにそれを既に持ち合わせているという捉え方の方がお得じゃないですか?

 

後は、今の状態に「ポジティブ思考」を足すだけであり、それができたら、どんな場面、局面においても、ポジティブ/ネガティブに考えた場合の振る舞い方を想定できるわけで、『自己防衛』に即した方を都度選択するというのが自分を砂糖漬けにできちゃう一番ストレスフリーな方法なんじゃないかって思ったりしてます。

 

以上。 感情パイロット、shinoDがお送りいたしました。